高槻・三好山(芥川山城)里山探訪(7) 西之川原集落

しばらく東京に行っており、記事を休んでおりましたが、再
開いたします。

塚脇の集落から最初の地点に戻りました。南西を見ると
水田の向こうに瓦屋根の集落が見えます。西之川原です。

どうやら、これまで回った集落よりも昔ながらの景観が保
たれているようです。

         川原

実際、二つのお寺を核に、こじんまりと家屋が固まって、静
かな集落を形作っていました。内部の様子を以下に示しま
す。

川原2 川原3 川原4 

西側から眺めた、防風林(?)に囲まれた家屋は、つい描き
たくなりますが、今回は諦め次回の機会の楽しみにします。

川原5
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(阪急)(2015)
人物スケッチ(阪急)490(縮小)

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祇園辰巳橋への路地(彩色)

以前報告した「祇園辰巳橋への路地」(線描)の彩色を行ったので
掲載します。


<本日の絵>
フライングガイガー・スケッチブック2枚続き 祇園辰巳橋への路地(彩色)
祇園辰巳橋への路地(彩色)(縮小)
最初は、黒づくめの町屋造りなので、絵が真っ黒になるかもしれ
ないと危惧していましたが、京町屋特有のすだれの黄色の割合
が多く、それほど暗くはなりませんでいた。

この構図でいつか水彩紙で本格的に描いてみたいと思います。
(今回は人物を点景にしましたが、手前に観光客を大きく描くなど)

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高槻・三好山(芥川山城)里山探訪(6) 塚脇集落

(お詫び)前回の記事まで宮之川原を西之川原と取り違えて
      記述していましたので、以前の記事を訂正しました。

さて、服部連塚を離れて集落の様子を知るために散策を
続けました。

宮之川原では、せまい路地が縦横に通っていると表現しまし
たが、塚脇はもっと徹底しています。というのは、路地は自転
車がやっと通る道がほとんで、とても現代の街とは思えない
のです。 行政はどのような方針なのでしょうか?

建て替えるときにセットバックするというような規則はないので
しょうか?

塚脇6

塚脇7

塚脇8

      塚脇9 塚脇10

一通り巡ってもときたバス通りに戻りました。
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(小田急線)
人物スケッチ(小田急線千歳船橋駅)482(縮小)
車内で年配の男性と若い女性が話している様子を描きました。
口元の表情に注意してみました。

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高槻・三好山(芥川山城)里山探訪(5) 塚脇・服部連塚

宮之川原の集落の北端のバス道路を摂津峡に向けて
少し西に向かうと、塚脇の集落へ上る狭い路地の入り口
が見えてきます。

その細い路地を登っていくと、またしても江戸期からと思わ
れる路地の迷路です。迷わず進むと新築の寺院が見えてき
ました。

塚脇 塚脇2 塚脇3

唯徳寺とあります。あまりの真新しさに少々まぶしさを覚えな
がら、東を見ると大きな樹木の塊が見えます。

そばに近寄ると、いわくありげな場所に出ました。石碑があり、
服部連塚とあります。

      塚脇4 塚脇5

案内板によれば、古墳時代の円墳で、神服神社の記事の中で
述べた服部連の墓だとのことです。
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(小田急千歳船橋プラットフォーム)
人物スケッチ(小田急線千歳船橋駅)481(縮小)

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高槻・三好山(芥川山城)里山探訪(4) 宮之川原続き

神服神社探索を終えて、西横の路地を北に進みます。

梶原地区で見られたように、集落の中は江戸時代からと思われる路地が
縦横に通っています。

    西之川原 西之川原2

しばらく北に行き、左手に水田が見えたのでその方向に進みます。すると
古木が本瓦葺きの塀に寄り添って立っている大きな屋敷に出ました。屋敷
の西と北側には水田が広がっています。

西之川原3

実は、この場所は数か月前に来たことがあるのです。その時は、この屋敷は
まだ建築中でした。まるで100年前から建っている風情ですが、新築なのです。

このことを集落全体にお当てはめると、おそらくどの家も修理、修復、復元、保
存というよりも建て直している可能性が高いと思われます。

この屋敷の北側の農道を西と北に進んでこの地区を遠望してみます。

西之川原7

西之川原5

どこにもコンクリートや現代建築家屋は見えません。

さらに農道を北に進みますが、同じ景観が続きます。さらに近世の街、集落に
必ず存在する寺院の大屋根が見えてきました。もちろん真宗系のお寺です。

     西之川原9 西之川原10

さらに北に進み集落の北端まで来ました。ここまでも本格的な日本家屋が続い
ています。

西之川原11

この記事で掲載した写真だけみると、現代のにおいがかけらもしない、どれだけ
のどかな農村風景かと思われるかもしれません。けれど、前回の記事で紹介し
た安岡寺の西側から撮影した写真をご覧ください。

安岡寺西からの眺望

方向は、大阪を向いており、写真の右端の緑の水田がこの記事でご紹介した水田
の南端です。その左にはびっしりと開発された街が迫っています。注目したいのは、
水田の西側を流れる芥川の奥の丘陵です。丘陵の上は全面現代家屋で埋め尽く
されています。

実のことを言えば、写真を撮影したこの場所も新興住宅地ですし、安岡寺の北側に
は広大な新興住宅地が広がっています。

結論から言えば、この宮之川原地区および次々回紹介する西之川原まで続くこの
景観は、周囲を開発地域に囲まれて残っているのです。

東京近郊ではこのような景観はほとんど見られませんから、いったい何がこのような
景観を保たせているのか私には謎です。地区に人々に伝わる強い文化的な何かの
力なのでしょうか。

次に向かうのは、平野ではなく、三好山のふもとにあたる丘陵の集落です。

西之川原13
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(阪急京都線)
人物スケッチ(阪急京都線)480(縮小)

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高槻・三好山(芥川山城)里山探訪(3) 宮之川原

安岡寺からもとの道へ引き返し、西に向かい府道6号線を
またいで宮之川原の集落をめざします。

府道6号線沿いは、現代の幹線道路沿いと同じ景観で、様
々な商業施設や医院など現代の建築家屋が立ち並んでい
ます。

しかし、この幹線道路から少し中に入るとたちまち時代を感
じさせる街並みが現れます。

最初に足を踏み入れたのは、神社です。

神服神社2 神服神社

何の変哲もない鎮守の森程度に考えていたのですが、正面
にまわり古びた掲示板を読んで驚きました。

神社の名は「神服神社」。変わった名前です。読み方は今で
こそ(しんぷくじんじゃ)だそうですが、かつては(かむはとりじ
んじゃ)。

祭神は素戔嗚尊、熯之速日命、麻羅宿禰の三神とあります。

ここで注目は麻羅宿禰で、古墳時代に渡来した渡来人で、下
記のように服部連の先祖となります。

允恭天皇(いんぎょうてんのう)の時代(5世紀前半)に、機織り
の織部が各地に多数設置されることとなり、朝廷は管理者を
おきました。管理者はやがて「服部(はとりべ)」と呼ばれ、諸国
の織部の総領として「服部連」の姓を賜りました。この神服神
社のある地域一帯を服部というのは、織部がこの地に設置さ
れたことによります。
」(高槻市ホームページより引用)

なんと、この一帯は服部姓の本拠地だったのです。
(このことは、次に訪問する塚脇地区でもご紹介します。)

なお、、日本で2番目に創建された天満宮(上宮天満宮)が、野
見宿祢を祀った野見神社でもあることを梶原地区訪問の記
事で紹介しました。

野見宿祢は土師氏の祖先であり、この一帯が土師氏の拠点で
あることは頭に入っていたのですが、やきものだけでなく織物に
関してもこの地が深く関与していることをはじめて知りました。

やはり、さりげなく実在がおぼろな歴史的人物や民がでてくると
ころが、関西の特徴だとあらためて感じました。
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(阪急神戸線)2015年
人物スケッチ(阪急京都線)479(縮小)

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高槻・三好山(芥川山城)里山探訪(2) 浦堂本町(安岡寺)

さて、散策を浦堂本町から始めます。

この地区に数年前に新たに開設された高槻市立図書館(服
部)前の旧道に沿って、里山が広がります。

実は、前の記事で示した地図でおわかりになると思いますが
この図書館のある地域の周囲、特に山の上はびっしりと昭和
40年以降に開発された住宅街が広がっているのです。
もちろん、伝統的な日本家屋ではありません。

ところが、眼前に見える集落は、それとは対照的に本瓦、土塀
の古来の姿を示しています。

梶原地区で示したように、ここでも新旧タイプの民家が互いに
まじわらずに存在しています。

   浦堂 浦堂2

土塀に囲われた民家、土蔵に誘われて山裾の方へ進むと、古く
からありそうな寺院の入口に出ました。安岡寺という天台宗のお
寺です。

     安岡寺 安岡寺2

実際に、創建は古く、宝亀6年(775)に光仁天皇の子、開成(かい
じょう)皇子
が開いたと市の教育委員会設置の案内板にあります。

汗をかきかき階段を上ると、境内が広がりました。

安岡寺境内

戦国時代に兵火にあい荒廃したが、寛文年間に再興され、大い
に栄えたといいます。

しかし、明治期の廃仏毀釈により今日の規模に至っているようで
す。廃仏毀釈の影響はいたるところに見られますが、想像以上に
ダメージが大きかったようです。
(続く)

<本日の絵>
フライングタイガースケッチブック 人物スケッチ(あんカフェオープンアトリエ)
人物スケッチ(あんカフェオープンアトリエ)395(縮小)




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