人工美の極・京都紅葉2013年(2) 随心院(山科)

数ある京都紅葉観光スポットの中で、まず第1日目は山科の醍醐寺を
目指すことにしました。

理由は簡単で、Webの紅葉情報によれば見頃だということと、醍醐寺は
まだ訪れたことがなかったからです。

地下鉄東西線に乗り、山科駅を過ぎた頃、案内が目に入り、醍醐寺に
行くための降車駅として、醍醐駅ではなく、一つ手前の小野駅で降りて、
小野小町のゆかりの寺、随心院の紅葉を見てから醍醐寺に至るルート
の紹介がありました。

そこで、最初に隋心院を訪れることにし、小野駅で降車しました。

             隋心院

隋心院は、小野小町のゆかりの寺ですが、紅葉はさほどではないようで、
観光客の姿はそれほど目にしません。

P1000284.jpg 隋心院 隋心院

けれど、拝観料を払って、中に入ると、紅葉を含む落ち着いた庭が現れま
した。

  隋心院

大きな紅葉の木が、寺の外部に今は盛りと紅に燃えていて、思わず下か
ら見上げます。

 隋心院 隋心院 隋心院

次に行く醍醐寺が楽しみになってきました。
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(山手線)
人物スケッチ(山手線)242
出来るだけ、眠る姿やスマホを操る人物ではない表情を狙うのは
よいのですが、どうしても一瞬の動きになってしまいます。
この老婦人の場合も、上を向いた一瞬を記憶にとどめて描きまし
た。

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

洛中洛外図 舟木本模写(6)

洛中洛外図、舟子本の模写シリーズのの最後です。

対象は、五条大橋の騒ぎを見上げる船を漕ぐ船頭の全身像にし
ました。(<本日の絵>)

今回の舟木本の模写シリーズで強く思ったのが、400年前に描か
れたにもかかわらず人物のしぐさの的確な描写です。

現代は芸大の試験を受けるために、おそらく日本画志望の人も、
人物デッサンは欠かせないかと思いますが、竹内栖鳳が、天女の
天井絵を描くために、女性のヌードデッサンを行ったこと自体が、
事件だったようなので、明治の日本画家は人物デッサンなど考え
もしなかったと推測されるのです。

ましてや、江戸初期の画家などは、人物デッサンなどありえなかっ
たことでしょう。

その意味で、この船頭の姿をみると、どうでしょうか?
竿を持つ手の力の入れ具合、全身を傾けて重心を川面に突き刺
された竿の先に預け、足を踏ん張る描写、見るものに船頭の力の
入れ具合が伝わってきます。

写真のない時代、どのようにしてその一瞬を捉えたのでしょうか?

<本日の絵>
muse SKETCH B5 模写(洛中洛外図 舟木本 五条大橋下の船頭)
洛中洛外図舟木本241
川は、原画では深緑で覆われていて、川の流れがはっきりしませんが、線描で
表現されています。昔のやまと絵の様式化された表現(例えば青海波のような)
ではないので、どうのような使い分けをしたのでしょうか?

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

人工美の極・京都紅葉2013年(1)

若さというものは恐ろしいもので、40年程前に京都に住んでいたときには、京都の
紅葉にはさほど興味を示さず、一度も最盛期を見ることもなく今日に至りました。

「そうだ京都に行こう」のキャッチコピー以来、つとに京都の四季が喧伝されました
が、中でも春の桜、秋の紅葉の観光スポットでは、最盛期の人出はものすごく、人
の頭しか見えないという声が聞こえてきます。 そこまでして行くほど、すごいのか
と少々疑っていましたが、例えば下の動画「京都秋艶」では、再生回数60万強、大
げさに言えば、全世界から賞賛の嵐です。

実際、動画に使用されている写真は見事というしかありません。(が、あくまで写真
は写真、色が修正されているかもしれない、とあまのじゃくの私はさらに疑います)

      

ということで、一度はこの目で確かめておかねばと思い、12月1日から3日間(栖鳳展
を見たので、実質2日半)にわたり、京都の紅葉スポットを駆け巡りました。

結論を言います。「参りました。疑った私が悪うございました」とくやしいながらも言わ
ねばなりません。まさに動画の通りでした。

あくまで、推測なのですが、これは昨日今日始まったものではなく、とほうもない長い
時間をかけて作られた極限の人工美だと思いました。

他の地域の紅葉とくらべると別格だというしかありません。

そこで、これまでのタイトル「紅葉狩り2013」改め、「人工美の極・京都紅葉20
13年」として紹介していきます。

なお、二日半で回ったスポットは以下の通りです。

 一日目      二日目        3日目
---------     ----------      --------  
・隋心院      ・東福寺        ・嵐山渡月橋
・醍醐寺      ・南禅寺        ・大悲閣千光寺
           ・南禅寺水路閣    ・天竜寺
           ・永観堂        ・常寂光寺
           ・哲学の道       ・二尊院
           ・真如堂        ・落柿舎
           ・(黒谷)

(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(千代田線)
人物スケッチ(千代田線)240
電車スケッチで、座っている人だけでなく、つり革につかまっている
人たちを描きたいと思うのですが、目の前の人を見上げて描くのは、
少し勇気がいります。
目をあわさずに早く描こうとしたら、慌てすぎてつぶれてしまいました。
つり革を持つ手は何とか描けたのに残念です。

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

洛中洛外図 舟木本模写(5)

今回は、歌舞伎の見物人です。皆、舞台の上を見つめるなかで、
酒盛りをする二人を配置するところが、この舟木本の魅力の源
のような気がします。
(続く)

<本日の絵>
muse SKETCH B5 模写(洛中洛外図 舟木本 四条河原 歌舞伎小屋の見物人) 
洛中洛外図 舟木本338
左上に歌舞伎の舞台があり、皆熱心に見上げています。その中に
酒を酌み交わす二人の男。互いに見つめて、語らう雰囲気がよく出
ているので模写に選びました。こんな時代から、芝居は食事をしなが
ら見たのですね。

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

洛中洛外図 舟木本模写(4)

洛中洛外図舟木本には、いろんな人物が登場しますが、中には
こんなユーモラスな表情の人物がいます。(<本日の絵>)

目の表情と指の表情が効いています。

なんだか、現代のユーモア漫画を見ているようで、こんなところに
も漫画のルーツを感じました。
(続く)

<本日の絵>
muse SKETCH B5 模写(洛中洛外図 舟木本 ユニーク顔の男たち)
洛中洛外図 舟木本337
上の男は、神輿の棒を担ぐ男、下の男は、何をしているのかわかりません。
舟木本では、この男たちに限らず、腕や足の筋肉の盛り上がりや膝小僧を
ひと筆の短い線で表現しています。

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

洛中洛外図 舟木本模写(3)

細々と、洛中洛外図 舟木本の模写を続けています。

今回は、七條河原のしじみ汁を食べている男です。

当時は、七条河原でシジミ漁をしていたのかとか、こんな大きな
お椀で食べていたのかとか、かまどの形は、戦前までみられた
形とあまりかわらないななど、絵以外のことにも、興味がでます。
(続く)

<本日の絵>
muse SKETCH B5 模写(洛中洛外図 舟木本 七条河原 しじみ汁を食べる男)
洛中洛外図 舟木本336
毎回模写して思うのは、手と手の指の表情をよくとらえていること、
眼差しをきちんと描いていることです。しかし、この男の左足の
向きは少し無理があるような・・。

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

京都市美術館 「近代日本画の巨人 竹内栖鳳展」(5)

思いがけず、栖鳳展の感想が長くなりました。この回で最後にします。

  ・栖鳳の多彩な絵の中で、都市スケッチを意識して描いている私としては、
   一番気になり、親しみを覚えたのは、中国大陸を旅したのちに描いた
   一連の風景画です。

   一見すると、文人画、南画風ですが、よく見ると、違うのは現場のスケ
   ッチに裏打ちされた作品だということです。(実際、克明なスケッチが
   展示されていました。)

   特に、人物はスケッチよりもデフォルメされているとはいえ、生活する
   人々が臨場感をもって描かれているところが嬉しい。

   南清風色(大正15年頃)
   南清風色

(余談)さて、ターナーの時には、人となりが気になったのですが、栖鳳はど
   うだっだでしょうか?

                   竹内栖鳳
                 (出典:wikimedia commons)

   今のところ手掛かりはないのですが、高槻の図書館にあった、フリーダ・
   フィッシャー著「明治日本の美術紀行」(講談社学術文庫 2002年)に、
   明治31年元旦に、著者が夫とともに栖鳳の自宅を訪れた文章をたまたま
   見つけました。

   性格についての記述はないのですが、栖鳳が、西洋人に臆することなく
   相手をつとめている様がよく伝わっています。
   (他に巨勢小石望月玉泉、前田玉英訪問の興味深い記事あり)

   ちなみに、著者のフリーダ・フィッシャーは、夫のアドルフ・フィッシャーと
   共に日本滞在延べ10年余、日本美術の研究と蒐集ののち、ケルン東洋
   美術館を設立し、夫の没後第二代館長を務めた女性です。

   日本美術が、学術的にまだ確立されていない時代、パイオニアとして、外
   国人としてよくここまで日本文化を理解し、日本美術を公平に取り扱った
   美術史家がいたものだと思いました。明治の美術界を知るうえで、一読に
   値する本だと思います。

<本日の絵>
竹内栖鳳 雄風(1940年)
竹内栖鳳の虎1
(左隻)
竹内栖鳳の虎2
(右隻)
鋭いにもかかわらずのびやかで自由な線描。晩年の自在な境地を
感じさせます。なぜか、くめども尽きぬ魅力があり、しばらく見入って
しまいました。
今考えるに、猛虎を屏風に描く場合、おそらく伝統的には金箔を使い、
桃山時代の障壁画のような迫力を狙うはずなのに、あえて金箔を使
わず、ベージュというのか薄く茶の入った灰色を背景にした珍しい描
き方のためだと思います。また、虎も、通常無数の毛を描くところを、
あっさりと輪郭と毛皮の虎の縞模様だけにし、彩色だけで立体感を出
しています。そのためか、虎は、ソフトでありながら、独特の存在感が
あり、目がついそちらに向いてしまいます。

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

京都市美術館 「近代日本画の巨人 竹内栖鳳展」(4)

3)さて、西洋絵画の影響はさておき、栖鳳の絵そのものについて、感じたこを
  以下に並べてみます。

  ・まず、動物群像の形の美というものがあることに気が付きました。このよう
   な美を感じたのは初めてです。
   (例えば、以下の動物群像および<本日の絵>)

       動物の群れ描写

   一匹の動物や、あるいは鶴や雁などが並んでいる美はあっても、これほど
   までに塊として描かれた場合は少ないと思います。

   現実の動物の写生に基づいているとしても、栖鳳の美意識に合う群れの形
   を作り上げているような気がしてなりません。

  ・屏風の効果を知り尽くしている。今回、これほどまでに、屏風の効果を感じ
   たことはありません。

   今までは、ぼんやり見ていたのですが、この栖鳳展では、非常に多くの屏
   風絵が、平面ではなく、本来の使われ方のジグザグに折り曲げられて展示
   されていたためかもしれません。歩きとともに折り畳みの裏側の絵が見え
   てきて、絵が立体的に見えるのです。

   中でも、前回の記事で示した、獅子図、象図の場合、獅子の胴体や、象の
   鼻が、本当に立体に見えるのです。おそらく、栖鳳はその効果を引き出せ
   るよう描いているに違いないでしょう。

   なぜか、プライスコレクションのジョー・プライス氏が、日本の絵画は、本来の
   日本の使われた環境の中で展示しなければわからないと熱を込めて話して
   いたことを思い出しました。 
(続き)

<本日の絵>
竹内栖鳳 秋興(1927年)
          240px-Takeuchi-Fall-1927.jpg
          (出典:wikimedia commons)
見た瞬間に家鴨の群れの形態の美に惹きつけられます。栖鳳は、たびたび
背景に枯蓮を描いていますが、この絵では、家鴨の彩色と、線描の枯蓮の
淡い彩色とが調和して、見ていて心地よい気持ちになりました。

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

もみじ狩り2013(14) 喜多見ふれあい広場(2)

階段を上ると、広々とした眺めが広がります。都内にある昔からの公園
は、常緑樹が多く、また黒々とした土がむき出しなので、暗い雰囲気にな
ることが多いのですが、ここは、さすがに最近の公園なので、落葉樹と芝
生からなり、明るい雰囲気です。左手に、先ほどめぐってきた成城学園の
国分寺崖線沿いの邸宅群が見えます。

            喜多見ふれあい広場

内部は家族が遊べる広場とお花畑、周囲には回遊式の小道があり、樹木
の中を散策することができます。期待通り、真っ赤に染まった紅葉と、黄色
い紅葉を楽しむことができました。

喜多見ふれあい広場 喜多見ふれあい広場 喜多見ふれあい広場

何よりも、この宮中庭園のメリットは、東に国分寺崖線沿いに並ぶ邸宅街と
庭園が、見事なパノラマとして見えること、そして西にははるか丹沢山系と
富士山を見ることができることです。

実は、線スケッチを習う前、約8年前に自我流でこのパノラマを描いたことが
あります。その時の気持ちが蘇りました。また、描いてみたいと思いました。

              成城学園の国分寺崖線

成城学園の国分寺崖線(2)縮小

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(高尾山 下山リフト乗り場の行列)
人物スケッチ(高尾山リフト駅)190
1時間待ちの行列です。私は、スケッチをして過ごしましたが、
皆さん、イライラしながら待っています。

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

京都市美術館 「近代日本画の巨人 竹内栖鳳展」(3)

以下、感想の続きです。

2)前日に、ターナー展を見たせいか、本来ならば比較するはずのない日本画家を、
  ターナーの目でつい見てしまいました。すると、不思議なことに、二人には似
  た点があるように思えてきました。

  展覧会の構成の章立てでわかるように、多くの習作、研究熱心、変革に次ぐ変革、
  画風の絶えざる変遷など、それはどの天才画家にも言えるとしても、ターナーは
  風景画、栖鳳は日本画の、一つの大きなジャンルの根幹の変革にせまったという
  点で、共通点があるように思うのです。

  栖鳳以後の日本画家が、栖鳳という先駆者がいたがゆえに、それほど苦しまずに
  西欧絵画との距離をとれたと思うのですが、栖鳳は、真正面に向き合わざるを得
  なかったところに、今回の展覧会の一つの見どころがあったと思います。

  実際のところ、栖鳳は、日本画の伝統に対するゆるぎない自信があったはずです
  が、明治33年に、パリ万国博覧会の視察のため、数か月ヨーロッパを視察して帰
  国した以後、突如西欧絵画そのものに近い絵を描きはじめます。
  (一連の獅子図、象図、ベニス、ローマ、オランダ風景画など)

     獅子図(縮小)    獅子図2縮小   象図 

  それは、西欧絵画と格闘している姿であり、四条派、狩野派、円山派、土佐派だの
  当時の日本では、ただでさえ小さな派の外に出るだけで非難されるのに、きわめて
  リスクの高い試みだったと言わざるを得ません。守旧する人たちからみれば、やっ
  てはならないことだったと思います。

  しかしながら、現代に住む私から今振り返ると、獅子の図やベニスの風景など、そ
  の試みの一つ一つだけを見ると、必ずしも成功しているとは思えません。
  (もっとも初めは獅子図、象図に見られるように西洋絵画の写実性に目が行きます
  が、その線描の鋭さは、西洋絵画にはないもので、惹きつけられます。)
  
  実際、栖鳳もはその後、同類の絵はまったく描いていません。しかし、特筆したいの
  は、例えば、獅子図一つみても、初期の油彩画かと見まごう絵から、次々と新しい
  画風で描きなおし、ついにはその本質部分を、自分の日本画に取り込んでいるとこ
  ろです。

  結局、西欧画風に描くことから初めてついには、線描そのものに意識をいれることが
  顕著になり、日本画の根幹の線描表現に回帰していて、しかも西洋絵画習作以前に
  比べて、格段に前進させている。そこが、栖鳳の他の画家との違いと思われます。
  (例えば、下の柳の枝の表現。線描の鋭さが増しに増しています。)

                  柳線描

  さらに、西欧表現で成功しているのは、風景画だと思いました。その風景画とは、ベ
  ニス図やローマ図など、西欧風景ではなく日本の風景です。(以下の図)

                  風景画       

  最初、はっとしました。ターナーの風景がそこにあったからです。押し下げられた水平
  線と印象的な松の枝の表現(筆の勢い、目をそこに向かわせる鮮やかな青)、波立つ
  海面と溶け込む空、全体を覆う靄のような色調など、前日見たばかりのターナーの絵
  を思い起こさせたのです、
(続く)

<本日の絵>
竹内栖鳳 ベニスの月(明治40年)
ベニスの月(大)
(出典:wikimedia commons)
美術染色のための原画なので、絵画として見るのは作者が不本意かもしれません。
wikimedia commonsには、これしか西欧風景はなかったので、掲載することにします。
西欧風景を水墨画で見ることに慣れていないせいかもしれませんが、なぜわざわざ
水墨画にしなければならないのだという気持ちが湧いてきて素直に見れません。お
そらく、当時の日本の富裕層には、喜ばれた意匠だったのでしょう。

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術