京都・高台寺界隈散策(1) 石塀小路

新町通を実験台にして、京都の都市スケッチを試みています
が、いわゆる京都の観光スポットも、たまには訪れなければと、
観光案内所でもらったパンフレットをパラパラ見ていると、ふと
石塀小路」という名前を見つけました。なかなか風情のありそ
うなネーミングです。

昔行った記憶はありません。もしかしたら最近の観光スポットか
もしれない。

さらに、路地スケッチもたまにはよいかもという思いと、東京の
神楽坂、仙台でスケッチした路地なども思い出されて、それと
の比較もしたくなり出かけることにしました。(時期は、2週間ほ
ど前です)

さて場所ですが、八坂神社の東沿いに歩き、下河原通を南に下
がると、よく見なければ通り過ぎてしまいそうな細い路地の入口
があります。

               石塀小路

中を進むと、名前の通り、敷石と、両側が石垣の路地が続いてい
ます。どんどん進むことにしました。

石塀小路 石塀小路 石塀小路 石塀小路

確かに、風情のある路地ですが、なぜか、スケッチする気が起こ
りません。

おそらくそれは、人通りが少ないことと、石垣が比較的高く、家々
が路地に対して高い視点にあって、描きづらいところが理由として
考えられます。

さらに進むと、これまでの板塀と違って、少し異質なレンガ塀が見
えてきます。

    石塀小路 石塀小路 石塀小路

古いガス灯のようなものがあり、そのそばに、また入口が見えました。
どうやら、高台寺関係の寺の一部のようです。

細い道を進むと、何やら、お店と、観光客で賑わう通りに出ました。
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(阪急京都線)
人物スケッチ(阪急京都線)063

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KITTE訪問と新たな東京駅スケッチポイント(2)

さて、エスカレータをどんどん上ると、最上階のレストラン街
から、屋上に出るドアに導かれます。

出ると、もうそこは、東京駅を眺める人々が集う、屋上庭園です。

      KITTE KITTE

丸ビル、新丸ビルでは、正面からの眺めですが、ここは、細長く
縦に見渡すことができます。距離が近いので、なかなかの迫力
です。また、電車が行きかう姿も近くに見えるので、飽きさせま
せん。

KITTE KITTE KITTE

ということで、素早いスケッチを試みました。(<本日の絵>)

<本日の絵>
muse SKETCH B5 東京中央郵便局屋上と東京駅
東京中央郵便局KITTTE屋上072
隣に座ったカップルがおしゃべりに夢中で、長くいてくれたので
描く立場では助かりました。
一方、東京駅をデジカメで撮る人たちは、すぐに移動してしまう
ので、立ち止まるや否や描きはじめ、立ち去るとソラ描きです。

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KITTE訪問と新たな東京駅スケッチポイント(1)

今年のはじめ、一連の東京駅のスケッチポイントと、教室の、
東京駅野外スケッチの成果
をご紹介したことがありました。

東京駅の全景のスケッチポイントとして、新丸ビルの7階テラ
スをご紹介しましたが、野外スケッチをし終わった後、丸の内
ビル5階にも、ビューポイントがある
ことを発見しました。
(知る人ぞ知るという場所のようです。)

その後、KITTEという旧東京中央郵便局の跡に建った、新しい
ビルに出かけたところ、一部前面を残した、旧東京中央郵便
局の屋上部分が、新たな東京駅スケッチポイントになりそうな
ので、遅まきながらご紹介します。(訪問時期は、ほぼひと月
前、OAZOで会食があるので、集合時間前に訪れました)

KITTEは、開業したばかりです。すでに、梅田のグランドフロン
トの時にも述べましたが、新たなモールといっても、中に入るお
店は、どこも、ほとんど似たり寄ったりなので、本当のどこまで
人気が持つやら、他人事ながら、心配になってきます。

ともあれ、東京駅の南口から、KITTEに入ると、広い吹き抜けの
ホールに出ます。

             KITTE

右横のエスカレータを上っていくと、正面の壁に変わった絵が
目に入りました。伝統友禅染「松本 光屋乃図」とあります。

KITTE KITTE KITTE

実は、この記事を書く今の今まで、江戸の図だと思っていました。
(標識には、松本とありますし、富士山ではなく、北アルプスが描
いていあるというのに!)

今、調べると、まごうことなき松本の旧家で、明治時代の建物が
残っている
ようです。

言い訳を許してもらえば、ここに描かれている、町屋の屋根瓦に気
がとられたからです。そして商家の屋根は、まさに江戸でもこうで
あったはずと思う姿に描かれていたからなのです。

実は、ここ何年も、古い商家の瓦屋根に注目しています。最大の疑
問、東京の家の屋根は、なぜうすっぺらに表現されているのか?
あるいは、なぜスレート瓦になってしまったのか?という疑問です。
(あの江戸博物館の江戸時代の家の模型ですら、瓦屋根がなぜか
うすっぺらに表現されています)

このテーマの説明は、長くなるので、日を改めて記事にする予定です。
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(阪急京都線)
人物スケッチ(阪急京都線)067

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京都・都市スケッチ 新町通(4) 旧成徳中学校スケッチ

久しぶりの京都・都市スケッチの記事です。(前回はココです

今回は、前回のカフェ・ワールド(下の地図の下部丸印)を北に上り、
五条通を横切って、更に北、高辻通と交わるところに来ました。(地
図、上部丸印)

             成徳中学校地図

なぜ、ここで止まったかというと、右手に明らかにレトロ感覚一杯の建
物が見えたからです。

近寄ると、「成徳消防分団」の看板があり、周りは、完全に修復されて、
真新しくなっています。

     成徳中学校 成徳中学校

しかし、徐々に進むと、外観が一変します。
蔦がからまり、絵にかいたような(陳腐な表現ですが、ピッタリ)光景が
広がりました。

    成徳中学校 成徳中学校 成徳中学校

そばによると、門の標識から、旧成徳中学校学舎であることがわかり
ます。現在は、文化協会や他の組織の設立準備オフィスに使われてい
るようです。

正門部分が、特徴的だったので、すばやいスケッチを試みました。(<
本日の絵>)

なお、この数か月にわたる京都の街探索で、東京に比べて、実に多く
の学校が、つい最近まで戦前の建物を使ってきたことが確かめられま
した。

さらに、少子高齢化で、統廃合を行う際に、すべてを壊すのではなく、
現代のニーズにあわせて、古い建物を活かしつつ新たな施設に生まれ
変わっていることを知りました。

改めて、テーマ立てをして、京都の学校の建物について紹介したいと思
います。

<本日の絵>
muse SKETCH B5 京都(旧成徳中学校正面)
京都(成徳中学校跡地)074
毎回、思うのですが、なぜ戦前の建物は、まるで義務のように、装飾
をつけるのでしょうか。予算上の余裕は、現在と同じように無かったで
しょうに。

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六甲スケッチ会参加!(2)

さて、描き出したのはよいのですが、当初の天気予報と異なり、
雨が降り出しました。

ペンで描いた線が、雨粒でにじみ始めます。魔女メグさんたち
は、私と違って、水彩絵の具で描いているので、もっと大変です。

ころはよしということで、雨の時の予備の場所、阪急六甲駅近く
の隠れ家的喫茶店に行くことにしました。(そこには、魔女メグ
さんの作品も飾ってあります。)

皆さんのスケッチとともに、私の最新作も見てもらい、コメント
をもらうことにしました。
絵手紙を長くやっておられたMさん、独自の水彩画を描かれてい
るKさんから暖かいコメントをいただきました。(初対面ですから、
辛口な感想は言えないと思います。けれど、線スケッチの仲間で
はない方の意見は、新鮮でうれしいものです)

一方、中高生の時代から美術部に属して、現在まで様々な手法
(永沢流、線スケッチも含む)に挑戦されている魔女メグさん、見
ていただいた作品の中で、砧公園の桜が一番好きだと言っていた
だきました。が、しかし最後にきつーい一言。

「でも、マイブックの線と、なぜ違うのかしら。大画面の作品も、あ
のような自由な線で描いていれば素晴らしいのに」

しっかりと、本質的な課題を指摘されてしまいました。

私としては、「自分でも分かってますよ。構えて書くと、どうしても
固くなってしまうのです。でも、描けない自分がいる」と言い訳をす
るのが精一杯。

というわけで、これは今後の私に課せられた重ーい宿題です。

いずれにせよ、いつもの線スケッチの仲間ではない方から、貴重な
コメントをいただくことができました。

今後も、このような機会を大切にしたいと思います。

<本日の絵>
ワットマン F6 六甲スケッチ(沢)(途中経過)
CIMG5649(縮小)
前回のマイブックスケッチと同じ場所ですが、やはり
マイブックスケッチの線より、固い線になってしまいます。
どうして、構えると線が固くなるんでしょうか?
いずれにせよ、これまで描いたことがほとんどない、沢の
流れをどう表現するか、今から悩みます。

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六甲スケッチ会参加!(1)

10日ほど前、あるブログの呼びかけに目をとめました。

「六甲でスケッチしませんか?」

ブログの主は、魔女メグさん。以前から、ブログでこの方の水彩
を楽しんでおりました。

関西で、スケッチをともに見せ合う仲間を知る良いチャンスと
厚かましくも、渡りに船とばかりに申し込みをしてしまいました。

スケッチの実施日は、6月15日と23日。私は、23日の日に参加し
てきました。

この日は、前日の予報では曇り時々晴れでしたが、魔女メグさん
の直感で、当初の10時集合を、早朝スケッチ(結局朝8時集合)と
なりました。(これは正解でした。10時半ごろから小雨が降り始め
ました。)

場所は、六甲の中腹、「六甲ケーブル下駅」で待ち合わせです。
この時気が付きましたが、この駅も1930年代の近代建築です。

     800px-Rokko_cablecar01_2816.jpg 800px-Rokko_cablecar04_2816.jpg
          (出典:ともにwikimedia commons)

参加者は私のほか2人、お元気な80代の女性、Mさんと、男性のK
さん(お二人は、集合が遅れるとのことで、後からスケッチの場所
で参加されました。)、総勢4人です。

スケッチの場所は内緒ですので、下の写真のみにいたします。

             CIMG5413_20130625134602.jpg

大都市の中にこんな場所があるのは、日本ならではと思います。

私は、水のせせらぎと、アジサイと黄色い花が咲き乱れる場所が
気に入り、マイブックで手ならしスケッチ。(<本日の絵>参照)

その後、F6の水彩紙で、描きました。(途中経過は次回)
(続く)

<本日の絵>
マイブック 六甲スケッチ(沢の流れ)
六甲スケッチ(縮小)
本格を始める前の試し描きですので、細かいところは
ほとんど省略しています。線を走らせる指の感触を楽
しみました。

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今城塚古墳歴史博物館、古墳そしてスケッチ(4)

さて、三回にわたって、今城塚古代歴史館訪問で分かった、古代史
に対する最新情報(私にとっての)を書いてきました。細かいところで
は、もっとたくさんのことが、最近の考古学の発展で分かってきたこと
も、大きな驚きでした。(ここでは、詳細ご紹介しません。是非この歴
史館をお訪ねください。)

おそらく、高槻だけでなく全国の史跡の発掘成果により、日本の歴史
について理解が深まって(あるいは混乱している?)いるのでしょう。

日本の歴史については、今後勉強するにして、今回、スケッチをして
みて、古墳のみならず、埴輪など、これまで歴史教科書の情報として
みていたものが、美術(といってよいのか、なんといってよいのか)の
対象として見る初めての経験でした。(堺の仁徳天皇陵の時は、スケ
ッチするということすら思いつきませんでした。)

今後、何となく新たなテーマになりそうな予感がします。(<本日の絵>
の説明をお読みください)

なお、先週金曜日に、雨の中、再び今城塚歴史博物館を訪れました。
最初にお世話になったボランティアの女性にお会いし、お礼を兼ねて、
完成した白描画を見てもらうためです。

いくつか質問があったので、その説明を聞いた後、作品をお見せした
ところ、喜んでいただき、他のスタッフの方とともにコメントをいただき
ましたので、、私としても雨の中を来たかいがありました。

もっとも、歴史館が今公募中の論文に応募したらどうかという予想外
のご提案も受けてしまいました。学術論文の公募なので、私には関係
がないと思っていましたが、エッセイでもよいのだということ。少なくとも
今後検討して、きちんとご返事しなければならなくなりました。

白描画を見ていただいた後、修復して展示してある埴輪のスケッチを
してから、歴史館をあとにしました。
(この記事のシリーズを終わります)

<本日の絵>
muse LANDSCAPE GT-8286 G6×3  高槻・今城塚古墳(全風景)
今城塚古墳(全)
日曜日には、三々五々、子供連れの人たちが、空堀の芝生で、
思う存分遊んでいます。また、平日は、犬の散歩やジョギングな
ど、市民がこの古墳になじんでいることがよくわかります。

それでも、今回、古墳を描いて、通常の公園にはない独特の
雰囲気をもつ景観だと実感しました。
埴輪の古代美のことも含めて、現代都市スケッチの問題として
少し、考えてみたいと思います。、

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今城塚古墳歴史博物館、古墳そしてスケッチ(3)

以下、「日本史にとってエポックメーキングな事柄が、三つ」
のまとめの三番目です。

3)中臣(藤原)鎌足の正真正銘の墓が存在する。

  京都大学の阿武山観測所(正式には、京都大学防災研
  究所地震予知研究センター付属阿武山観測所)が戦前に
  建てられた時に、貴人の墓が偶然見つかり、もしかしたら、
  藤原氏の始祖、中臣(藤原)鎌足の墓ではないかとの説
  は、学生時代聞いた記憶があります。しかし、確たる証拠
  がありませんでした。

  今回、驚いたのは、これまで見たことがない、発見当時の
  漆棺と中のミイラ化した人体の骨も映ったX線写真、そして
  当時まだ退色しておらず、金糸で飾られたまま見つかった
  という、紫の大織冠の複製が飾られていたのです。

           今城塚古代歴史館

  ボランティアの女性の話では、X線写真を撮った後、漆棺ご
  ともとにうめもどされたままとのこと、決定的な証拠は、大
  織冠で、当時天智天皇から授けられたとするこの冠があるこ
  と、そして阿武山から見下ろす一帯は中臣氏の領地だったこ
  とから、鎌足本人であることが決定的となったとの説明でした。

  私も、この結論を受け入れざるを得ません。
 
  それにしても、X線の話と大織冠の存在は、まったく聞いた
  ことがないぞと思いましたが、女性に聞きそびれました。

  この記事を書くにあたって、阿武山観測所のHPを読んだとこ
  ろ、「1982年に観測所の物置の奥 からX線写真が再発見され
  るまで歴史に埋もれていま た。」とあるではありませんか。

  この年にはすでに、高槻を離れていたので、私が知らないの
  も無理はありません。
  
  それにしても、人骨や漆棺がまだあるのですから、最新の考
  古学的再調査をすれば、もっと明らかになると思うのは、私
  だけでしょうか。
  
  卑弥呼や天皇家に比べれば、地味かもしれませんが、平安の
  時代を担うことになる藤原氏の始祖ですから、もっと注目さ
  れてもよいと思います。
(続く)

<本日の絵>
muse LANDSCAPE GT-8286 G6 高槻・今城古墳(右の風景)
今城塚古墳(右)
高圧鉄塔のある方向に、今城塚古代歴史館があるのですが、ここ
からは見えません。
後円墳の石垣をよじ登る子供を描いたのですが、見えるでしょうか?

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今城塚古墳歴史博物館、古墳そしてスケッチ(2)

さて、前回の記事で述べた「日本史にとってエポックメーキング
な事柄が、三つ」とは何か。

まとめると、以下のようになります。

1)中国から卑弥呼に渡された100枚の鏡の一つ(魏の青龍三年
  の年代入り)高槻市の安満宮山古墳から最近発見された。
  ボランティアの女性の説明によると、日本には3枚しかまだ発
  見されておらず、これはその三枚のうちの一つだと。

  卑弥呼の鏡については、有名な三角縁神獣鏡の決着のつか
  ない論争もあり、この新たな鏡の位置づけはおそらく大きな波
  紋を投げ投げかけたことでしょう。最近の学説を知りたく思いま
  す。

  なお、この古墳は、高槻市の公園墓地にあるとのことですが、
  私の家の、田舎から移した墓地も偶然ここにあるのです。是非、
  行かなければ。

       今城塚古代歴史館 今城塚古代歴史館

2)今城塚古墳は、宮内庁が比定している茨木市の太田茶臼山古
  墳
ではなく、真の継体天皇の墓である(学術研究の大勢として)。

  継体天皇といえば、現在の天皇家の始祖として、その成り立ち
  に謎多き天皇で、私の学生時代を振り返っても、当時多くの論争
  のあった天皇です。その人物の墓となると、日本古代史的には
  大変重要な墓が高槻市にあるということになります。

  発掘によって、学説が固められたということでしょう。最近の考
  古学の流れを知りたくなってきました。
  
  展示されていた当時の姿と、復元された、堂々たる三つの石棺
  の写真を下に示します。継体天皇が葬られたのは、真ん中の石
  棺。大きさは他の二つより小さいのですが、貴重なピンク石で
  作られているからだそうです。(中身はすでに盗掘されていて、見
  つかったのはわずかに馬の装身具の一部です。なお、この歴史
  館は、館長の方針で、写真が他館の展示物以外、自由に撮影で
  きるのがうれしい)
  
   今城塚古代歴史館 今城塚古代歴史館 今城塚古代歴史館

今城塚古代歴史館 今城塚古代歴史館 今城塚古代歴史館
(続く)

<本日の絵>
muse LANDSCAPE GT-8286 G6 高槻・今城古墳(中の風景)
今城塚古墳(中)
左の景色を描き終わって、この真ん中の風景に取り掛かりました。
関東以北と違い、実がなる照葉樹系の樹木が大半で、鬱蒼と茂る木々
を描いていると、縄文時代の人々の暮らしが、思い起こされます。

古墳としては、この部分は後円部にあたり、本来は樹木はなく、石です
べて覆われていた(今から思うと現代的な)人口空間だったのです。し
かし時は流れ、このように樹木が生い茂ると、却って神聖さと深遠な雰
囲気が漂います。(スケッチという孤独な作業がさらに、その感を深めま
す)

本当は、高く空に聳える梢まで描きたかったのですが、後に3枚並べて
みて、これはこれでよかったのかと思いました。
(3枚続きのパノラマは、このシリーズの最後の記事でご紹介します。)

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今城塚古墳歴史博物館、古墳そしてスケッチ(1)

一昨年の6月、堺を自転車で、仁徳陵をはじめとする古墳や
市内の史跡を回った記事を書きました。


その時に、「この街(堺)が、東北にあったのなら、一大観光
地になることは間違いありません。」と表現したのですが、先
週、まさに今滞在中の高槻を中心とした北摂津も、同じことが
言えるのだと、あらためて知ることになりました。

それは高槻市の「今城塚古代歴史館」という立派な施設を訪
れた時のことです。

今城塚古代歴史館 今城塚古代歴史館 今城塚古代歴史館

あまりの立派さに、展示室の入口でぼーっとプロジェクター
から映し出される映像をみていると、一人の女性がそばに来
て、話しかけられました。

その方はボランティアでこの歴史館にたまたまこの日詰めて
いた方でした。

誘われるままに、展示物の説明をお願いすると、どれも、これ
まで聞いたことがない興味深い話ばかりで、あっというまに1
時間以上経ってしまいました。
(話に引き込まれるのは、その方の、高槻の歴史が好きで好き
でたまらない気持ちが伝わるからでもあります)

結論から言えば、この地で、日本史にとってエポックメーキング
な事柄が、三つも起きていたということがわかったのですが、内
容は次回以降にご報告します。

閉館の時間も迫ってきたので、慌てて、この歴史館のメインテー
マで主役の「今城塚」そのものの見学に出かけました。

想像以上に、巨大で、しかもきれいに整備されています。

            今城塚古墳 

今城塚古墳今城塚古墳今城塚 

今城塚古墳 今城塚古墳 今城塚

一周回るうちに、この不思議な感覚の世界を描いてみたいと
思うようになりました。
(二日後、朝から出かけて、スケッチをしました。<本日の絵>
をご覧ください。)
(続く)

<本日の絵>
muse LANDSCAPE GT-8286 G6 高槻・今城古墳(左風景)
今城塚古墳(左)
暑い日差しの中、丁度後円墳の前の樹木の下にベンチがあり、そこから横長の水彩紙
を使って、左から描きはじめました。これは、第1枚目です。
結局、白描画だけで3日間、現場に通い、完成に3枚必要でした。(順次ご紹介します)

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