地震と名所江戸百景(3)

大地震後の安政の世相と事件とを結びつけながら、名所江戸百景
の著名な版画の背後に潜む社会史的意味を解き明かしていく内容
は、読書の至福な時間を味わせてくれるものですが、ここでは詳し
い紹介は省くことにいたします。
(本の内容に比べとても省略されていますが、著者記述の公開デー
タベースがあります。→ここをご覧ください

ご興味の湧いた方は、原著にあたっていただくとして、私自身この著
書から得た貴重な手掛かりを書いて、記事の終わりにしたいと思いま
す。

一つは、N先生が私たちの都会スケッチの作品への講評会で、たび
たびコメントされる「時代を表す眼があるかどうか」についてです。
すなわち時代性が感じられるかどうか、特に人物、人の気配に関する
コメントです。これは、ある意味ではジャーナリストの視点に他なりま
せん。

広重の名所江戸百景をこの本の視点で改めて眺めると、N先生の言
葉がかぶさってきます。それに、背後に潜ませた事件性までいれると、
名所江戸百景は、なんと現代を先取りした絵であったことか。

飛躍しますが、今年度最終回を迎える東京三十六景展の作品制作を
考える上で大いに刺激を受けます。

二つ目は、西洋美術に影響を与えた近景に大きな図柄を配した構図
の由来です。純粋に美術の視点でも素晴らしい試みなのに、社会科
学的視点を著書は新たに持ち込んだのです。自分自身、日本の伝統
と思い込んで比較的安易に近景に大きな図柄を描くことが多いのです
が、少なくとも広重は安易にその構図を生みだしてはいなかったこと
を思うと恥ずかしさを覚えます。

三つ目は、ここ一月ほど、私の頭を悩ましていた問題、「なぜ江戸初
期まで、青い空が描かれなかったのか」、すなわちブルーの顔料の謎
です。
この本により、ヘンリースミスによる「浮世絵における『ブルー革命』」
という論考があることを教えてもらいました。

実は、出光美術館の琳派の展覧会の感想の続きを書くために、この問
題の解決の手掛かりを得ることが出来ず、記事を書き終えていません。
そうこうしているうちに地震がおきてしまったというわけです。

時期を改めてこの問題について書いてみたいと思います。


<本日の絵>
     254x178mm DALER ROWNEY 馬事公苑クリスマスローズ
     馬事公苑クリスマスローズ
昨日の記事でご紹介したマイブックスケッチのあと、本格的にクリスマス
ローズをスケッチしました。新しい水彩紙でしたが、非常に書き心地がよ
い紙で気に入りました。しばらく花シリーズで気持ちを落ち着けようと思い
ます。

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地震と名所江戸百景(2)

「浅草寺金龍山」につての原信田氏の主張をかいつまんで記します。

1)「改印(あらためいん)」からこの絵の出版許可降りたのは、安政3年7月
   であることがわかる。暑いさなかになぜ雪景色だったのかという疑問が
   わいた。

2)近景に「浅草寺・金龍山」という場所を示し、遠景にはどうしても五重塔
  を持ってくる必要があった。なぜなら、江戸の人々の思いがはりついてい
  るこの五重塔が曲がったという一大事とそれがまさに修復されたというニ
  ュースを盛り込む必要があったから。
  さらに、修復されてめでたいというメッセージを視覚化するために、紅白
  の水引を連想させるように、雷門の赤に雪景色の白でければならなかっ
  た。

3)そして、この「近景に、ここがどんな場所かを示す図像を置き、遠景に自
  分たちの関心の対象を描くという構図」は、名所江戸百景に共通の構図
  として多用されることになる。

4)それはなぜか?安政大地震のあとの幕府の取り締まりにある。前年の、
  生人形興業停止事件や江戸名所百景の再開直後の「安政見聞誌」発禁
  事件から絵の主題の選び方や描き方に慎重になっていったからである。

このように「浅草金龍山」の謎解きを発端にして原信田氏は、名所江戸百景が
表向きは名所の風景画の体裁を取りながら、実は「ある意図を巧妙に隠し入れ
たジャーナリスティックな連作だったのだ。」と、「浅草寺金龍山」だけでな
く、他の百景の作品にまでその視点を広げているのです。

この本を書くにあたっての著書の思いは、比較的長い「あとがき」に尽くされて
います。

その中で、「課題のまま残された近景と遠景の構図の意味について、今回私は
本書で、私の「推理」によって解明を進めることができたと考えている。
」と
言い切っていますが、これは美術史的に重要な点だと思われます。
(続く)


<本日の絵>
      マイブック 馬事公苑のパンジー
      馬事公苑パンジー
平常心を得るために、久しく描いていなかった花のスケッチを思い立ちました。
春の芽吹きが匂いたつほどのポカポカ陽気の中、マイブックでの手慣らしです。
パンジーの花を間近にみつめ、集中して描く喜びを久しぶりに味わいました。

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地震と名所江戸百景(1)

ここに有名な浮世絵があります。(歌川広重 
浅草金龍山)
      浅草浅草寺
  (出典 wikimedia commons)

この絵に関連して、ある著者の言葉を引用します。

落書「辰の春世直し」にも、「浅草の塔」は御隠居
の政事(まつりごと)とともに「人の目差すもの」
であった。「浅草の塔」は、江戸の展望台としても
親しまれていた。(中略)
五重塔の九輪が曲がったことは、東京タワーの鉄
塔の上部が地震で曲がったような一大事であった
といってよいであろう。


著者の名は、原信田実氏、引用した本の名は「謎
解き 広重「江戸百」」(集英社 2007)です。

著者は、この本が出版される3カ月前、2007年1月
に亡くなっています。

まさか、4年後、この著書を書くきっかけとなった安
政大地震を上回る大地震によって、本当に東京タ
ワーの上部が曲がるなどとは予想もしていなかった
でしょう。

このような引用をしたのはほかでもありません。今
回の地震により、線スケッチをする気持ちはとても
起きず、ブログへの掲載も休みますと述べました。
しかし、なにかスケッチに関連した記事をかけないか、
そのきっかけをつかもうと、近所の図書館に出かけた
のです。

美術書の棚に以前からこの著書があることは知って
いました。
しかし、「謎解き・・・」という題名からは、表現は悪い
のですが、若干際物的な本と言う印象を受け、敬遠
していたのです。

けれど違いました。なんという偶然。借りたこの本を
読みだしたとたん驚きました。そのものずばり、この本
は、地震と名所江戸百景との関係からはじめているの
です。
(続く)



<本日の絵>
本日の絵は休みます。

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スケッチ作家、渡邉崋山発見(1)

このブログでは、線描の観点で様々な作家の
作品を見てきました。

仙台の図書館の美術関係の本を、そのような
眼で探しつくしたと思ったら、思いがけない
ところに見落としがありました。

ドナルドキーン著「渡邉崋山」を日本人の伝記の
書棚で見つけたのです。

渡邉崋山については、私と同じ姓であるだけで
なく、はるか昔、学生時代の下宿のおばあさんが、
崋山と同じ、田原藩家老の娘だったこともあり、
以前から何となく気にしていた人物です。
(おばあさんから、御一新のときには、静岡に逃れた
とか、徳川慶喜を「よしのぶ」ではなく、「けいき」
様と呼ぶのに譜代大名の家ならではの話で、一気に
江戸時代にひき戻されたものです)

とはいえ、あの国宝の肖像画を描く謹厳実直な人
物という程度のイメージ。手に取ったのは、「明治
天皇」を書いたドナルドキーンが、どのように日本
人学者とは違う見方で崋山をえがいているかという
意識でした。

ところがどっこい、口絵をみてびっくり。彩色された
旅スケッチの素晴らしいこと!

渡邉崋山 渡邉崋山2 
        渡邉崋山3

「四州真景」(重文)です。描いた年は文政8年(1825
年)。信じられません。この近代性。現代の画家が描い
たといっても通用します。

記憶では、これまで教科書や一般書に出てくる絵は、
肖像画ばかり。しかも政治家としての崋山の記述のみ
で、崋山の絵、しかもこのような素描に言及している
例は記憶がありません。

事実、キーンはそれを意識してか、崋山の絵について、
著書のほぼ半分をさいており、これまでと異なる崋山論
を打ち出せたという自負があるようです。

このスケッチについては、「崋山の画家としての才能を
存分に示している」とし、「おそらく急いで描いたものと
思われるが、描線は絶対的な自信に満ちている」と評して
います。

続けて「これらの場所は、、とりわけ詩的情趣に富んで
いるわけでもないし、特別な宗教的意味を持っているわけ
でもない」とし、「自分の生きていた時代の日本の姿を
そっくりそのまま描き残しておきたかったのではないか」
と筆をすすめています。

そう、名所や史跡ではないということ。そして、現在を切
り取る。まさにこれは、私たちの線スケッチの立場に近い。
それがこのスケッチの近代性を感じた理由の一つに違い
ありません。
(続く)


<本日の絵>
本日の絵は休みます。

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高山右近・荒木村重から岩佐又兵衛へ。不思議なつながり(2)

浮世絵の元祖と言われた、菱川師宣に比べて、岩佐又兵衛
は、一般にあまりなじみがないようです。

私も、かすかな記憶にある程度で、作品を意識的に見に行っ
た記憶がありません。

実は、前回紹介した、狩野氏の本の横に、辻 惟雄著「岩佐又
兵衛―浮世絵をつくった男の謎 (文春新書)」
が、隣り合って
いたので、狩野氏の本とともに、借りてきました。

辻氏こそは、岩佐又兵衛を第一の「浮世絵の元祖」として、世
に知らしめた方で、ブログを検索すると、この本に対する評価
は高く、昨年2月には、「岩佐又兵衛 驚異の極彩色絵巻」とし
てNHKの日曜美術館にも放映
されています。

どうやら私だけが世の中に取り残されていたようです。

父親の荒木村重が信長に謀反をおこし、自分のみ脱出したた
め一家全滅、又兵衛のみ生き残った数奇な運命については、
この本に詳しく書かれ、また多くの人がブログに取り上げて
います。
これはこれで、大変興味深く、又兵衛の絵画の解釈に関して
は、大事なのですが、ここでは詳しく紹介しません。(是非、
辻氏の本をご一読ください)

むしろ、私はこの本に取り上げられた作品を、線描の視点で
みて驚きました。

大変な技量の持ち主です。しかも、まるで、現在の日本の漫
画にも通ずる人物表現。

具体的には、《官女観菊図》山種美術館蔵がそれです。
(図はここをご覧ください)

白黒のみの線描がすばらしい。特に、女性の髪の描写など。

これに対して、浮世絵の初期の作家たち、菱川師宣、鳥居清長
達の絵の線はなんとたどたどしいことか。むしろ前代よりも退化
しているように見えます。(もっとも、肉筆と版画の彫りの描写
を比べるのはフェアではないかもしれませんが)

一方、数百メートルにもおよぶ絵巻物の人物像もさりながら、
「洛中洛外図屏風」(舟木本)(重要文化財)の人物像も凄い。
(図は、ここ(全体図)とここ(部分図)をご覧ください)

まさに、都市スケッチの手本がここにあります。人物の表情の
多彩さには恐れ入ります。

最後に、「湯女図」。
そして、婦女遊楽の図。
後の浮世絵美人画の元と言われていますが、群像として、こちら
の方が格が上のように思います。

800px-Iwasa_Matabei_002(縮小)

800px-Iwasa_Matabei_001(縮小)
婦女遊楽図 (出典:wikimedia commons)

結局、私たちは大変な画家を何ゆえか、忘れ去っていたようです。


<本日の絵>
本日の絵は休みます。

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