新版画と外国人作家たち(1)

「新版画」から夜の風景をさがすのに、日本ではなく、
欧米のweb アーカイブから見るしかないというのは、
どうにも皮肉な状況です。

そのようなアーカイブの一つに、以前吉田博の記事で
紹介した「hanga galery」があります。

夜景の絵を探す中で、巴水、博、深水、耕花・・といっ
た新版画を代表する日本人画家はもちろんですが、
渡邊正三郎が当初から組んだ外交人作家が大変多い
のに気がつきます。

昨年の「よみがえる浮世絵」展で、実は、吉田博だけ
でなく、渡邉庄三郎の呼びかけに応えた外国人作家た
ちが気になっていました。

具体的には、以下のような人々です。
(渡邊商店とは関係のない人もいます)

・Cyrus Baldridge
・Charles W. Bartlett
・Mary Brodbeck
・Pieter Irwin Brown
・Fritz Capelari
・Helen Hyde
・Paul Jacoulet
・Katharine Jowett
・Elizabeth Keith
・Lilian Miller
・Shirley Russell

どうしてこれだけの多くの外国人作家が、"shin-hanga"
に向かったのか、彼らの気持ちを知りたいと思ったので
す。

そして、同時に、なぜこのように女性作家が多いのか。
これは当たり前のことなのか?

彼らの作品を見る機会も、伝記を読む機会すらありませ
ん。
ヘレン・ハイド
(出典:wikimedia commons Helen Hyde "White Peacock" )

その意味では、欧米の新版画のwebサイトはありがたい
存在です。

今後、このあたりを探ってみたいと思います。


<本日の絵>
本日の絵は休みます。

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夕暮れの色塗りはどうする

新たに書き直した「上野ヨドバシカメラ・アメヤ横丁」は、
夕暮れ風景にすることを決めたと以前の記事で紹介し
ました。

今月中に、色塗りを仕上げなければなりません。

けれど、気がついてみれば、夕暮れや夜の風景はほと
んど描いたことがないのです。

不安が募ります。

10日の教室の日に、Kさんにその不安を訴えました。
(Kさんは、昨年末、韓国の夜の風景を描いて以来、夜の
風景にはまっています)

Kさん曰く。「夜の風景は色塗りが楽でいいですよ。」
えっ?と思いましたが、Kさんの「全面一色に塗ればいい
んですから」という言葉に納得。

確かに、灯りや月以外は暗い色か、紺色一色です。

とはいえ、今は、毎夜N先生の作品、浮世絵(広重中心)、
新版画の夕暮れ、夜の絵を眺めまわしています。

今週中には色塗りを開始します。はたして、研究の成果
はいかに?

いずれ報告したいと思います。



<本日の絵>
マイブック 仙台行やまびこ内人物スケッチ
新幹線にて
仙台行き新幹線「やまびこ」の2階建ての1階部分。髪の
長い女性が、袋をさわったり、携帯をさわったりと忙しくし
ていましたが、少し眠たくなったのか、うとうととしたところ
をスケッチしました。

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はじめて(?)の女流水彩画家 吉田ふじを(続き) Hiroshi Yoshida or 吉田 博(5)

帰国後、二人は結婚しますが、結婚してもこれまでの、
義妹を厳しく鍛える姿勢は変わらず、「おめかしや夫の
世話など、妻らしい事は一切許さず、絵の勉強の続行を
厳しく言い渡し励行させていた」といいます。

その成果として、ふじをは、四年続けて、官展(文部省
美術展)に入選します。

 吉田ふじを1   吉田ふじを2

この夫の姿勢は、すごいことですね。現代でもできそう
でできないことだと思います。

帰国後のもう一つのエピソードとして、安永氏は、夏目
漱石と森鷗外にまつわる話を紹介しています。

一つは、「三四郎」の中で、美禰子と三四郎が、帰国後
の博とふじをの絵が出展されている展覧会に出かけ、三
四郎が、姓が同じのため、兄妹の絵とは気付かず、美禰
子に指摘される場面。

もう一つは、鷗外がこの展覧会で、偶然博と知り合いに
なり、以後、親交を結んだというエピソードです。

以前から、漱石、鷗外が美術によせる強い思いを、折に
触れ彼らの著書から感じてきましたが、吉田博、ふじを
との接点は予想外でした。

吉田夫妻は、子宝に恵まれましたが、不幸にも最初の女
の子は、3歳でなくなり、長男は、誕生後1年で高熱に見
舞われ、足が麻痺するという不幸が襲います。

そのためかどうか、「ふじを」は、その後、表舞台には
現れないようですが、晩年、「1980年に個展を行った」
ということを聞いて、なぜかほっとしました。



<本日の絵>
本日の絵は休みます。

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はじめて(?)の女流水彩画家 吉田ふじを Hiroshi Yoshida or 吉田 博(4)

「永沢まこと」ペン(線)スケッチでは、プロの講師
となっている人も、教室の生徒さんも女性が主流を占
めています。

実は、吉田博の夫人は、「吉田ふじを」の画名を持つ
プロの女流水彩画家でもあったのです。

この本によれば、吉田ふじを(本名、藤遠)は、吉田
博が養子に入った画家、吉田嘉三郎の三女で、姉妹
のなかでも一番画才があり、父親の死のあと、12歳で
当時の洋画の登竜門、不同舎に入門しています。

吉田博も、もちろんですが、あの青木繁も入門してお
り、青木の恋人、福田たねとは同級でした。

興味深いのは、義兄博は、ふじをを、一人前の画家に
育てるために、厳しく指導したことです。

さらには、二人で4年間も「兄妹二人展」を催しながら、
日本に戻ることなくアメリカ・ヨーロッパ、アフリカ写生
旅行を続けたことです。

明治という時代で、しかも絵を売りながらの写生旅行、
とてもやわな気力、体力ではもたないはずです。

明治人のスケールの大きさを、このようなところでも
感じさせられます。

(続く)



<本日の絵>
F6 ストラスモア 三菱一号館(ブリックスクエア)中庭の緑の列柱
三菱一号館(色彩)

昨年9月にスケッチし、色塗りを始めたのですが、肝心の緑の
柱の色が、自分の予想と異なり、濁ってしまいました。いやになり
そのまま放っていました。
一応塗ってみましたが、反省の多い作品です。
(線描のままの方がよかったかも)

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「自摺」木版画創出 Hiroshi Yoshida or 吉田 博(3)

吉田が渡邊庄三郎の要請に応えて、新版画
を始めたのは、大正九年、本格的には、十年
から十一年にかけて、名高い「帆船」を含む7
点の版画を出したことからとのことです。

渡邊を以前、起業家と評したことがあるのです
が、相手にもされなかった「洋画界から誰かを
起用したい」という思いを通すところなどその面
目躍如たるところでしょうか。

吉田は、関東大震災で版木を失った後、なんと
下絵だけでなく、彫りや摺りも自ら習得し、「職人
顔負けのレベルまで到達した」あと、自ら木版画
の創作を開始しました。

実際には、専用の彫り師を雇い、摺りは名人に依
頼したようですが、全工程を厳しく指導、注文した
とのことです。

それで、やっとわかりました、彼の作品に必ず記
されていた「自摺」とは何を意味していたのか。

安永氏は、吉田の木版画の特質として、「大判」
「30~70版におよぶ多重版」「同版木による色替
摺り」を挙げていますが、このような技術的な特
質の前に、やはり原画自身が持つ魅力が一番の
特質のように思うのです。

「線スケッチ」に、強引に結びつけるようですが、
昨年「よみがえる浮世絵展」で見た、原画の線描
の厳しさが眼に浮かびます。

吉田博

私には、東洋の線描と西洋の感性が融合している
ところに、一番魅力を感じます。

東の感性と西の感性を不自然ではなく融合すること
に成功した稀有な例と思います。

それを成し遂げたのは、カスティリオーネ(郎世寧)
と、この吉田博だけだと思うのですが、言いすぎで
しょうか?

(吉田の作品のフリー画像はほとんどないので、
 ご紹介できません。以下のweb siteでご覧いただ
 ければと思います。
 「hanga gallery」)



<本日の絵>
本日の絵は休みます。

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