木屋町から祇園を経て円山公園へ (2) 高瀬川桜スケッチ候補

高瀬川の桜スケッチの下見の時には、三条通まで事前
に下見しています。

以前ご紹介した、京の路地裏スケッチの集合場所だった、
元立誠小学校の前の風景もそのときに候補に選んでい
ました。

高瀬川桜2

高瀬川桜

この建物自身でも趣深いので、桜の季節でなくてもよい
かもしれません。

夜ライトアップされた高瀬川沿いの夜桜も来年以降の
スケッチポイント候補です。
(続く)

<本日の絵>
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京都・三寧坂付近のスケッチポイント探索

三寧坂の枝垂桜を描いた当日その界隈で気が付いたことを
付録として記事にします。

この界隈は絵ハガキ的風景が満載とはいえ、現代的な街並
みスケッチポイントはなさそうに思えました。しかしそれなりに
適したところがどこかあるはずと思い探してみました。

例えば、以下のような情景と場所です。

(1) 三年坂に限らないのですが、いたるところに出没する観光
客が扮するにわか舞妓さんとそれを撮影する外国人観光客
の姿。

                          三年坂

古い人間にとっては、ここまでにわか舞妓さんが溢れると古都
の情緒だいなしと不平もいいたくなりますが、京商人のたくまし
いビジネス魂の表れと思えばよいスケッチターゲットともいえま
す。

(2)三寧坂の通りに面して、有名なお店が何店も入った、戦前の
建物を利用したと思われる一角。

         三年坂2 三年坂3

和風の門構えにフランス(イタリア?)料理店、カフェのお店のデ
ィスプレイの組み合わせなど、成功しているのか、不思議な組
み合せと感じるかはひとそれぞれで、微妙です。西欧人にとっ
ても、理解不能と思う人がいれば突飛な組み合わせだと面白
がる人もいることでしょう。

そういえば、和風折衷の明治期の近代建築の伝統が今も続い
ていると思えば不思議でも何でもないのかもしれません。スケッ
チポイントとしては面白いと思います。

なお、枝垂桜を描いているときに、眼下の通りがみるみる人の
行列で埋まりました。何事なのかと描き終えた後に列を追って
いくと、清水寺の夜桜の入場券を購入するための行列でした。
(下の写真、左二枚)

せっかく機会とだと夜桜見物をしたい気持ちがおきましたが、と
ても行列の後尾にまわる気が起きません。

清水寺 清水寺2 清水寺3

行列の先頭をすり抜けて、さらに進むと、「ちゃわん坂」にでます。
ところがこちらでも入場券を販売していますが、行列は短く来年
来るときにはこちらからだと思いました。
(もっとも、夜九時半までやっているので、行列は開始直後だけ
なのかもしれませんが)

<本日の絵>
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人物スケッチ(阪急京都線)513

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桜スケッチ下見散策 祇園白川をさかのぼる(4)

橋からは北に川沿いの道があるので進みます。しばらく
住宅街です。

余談ですが、これまであまり京都の一般住宅について書
いてきませんでした。しかし、私が街歩きの中で一番注目
して観察しているのは、伝統的な町屋や近代建築、歴史
的建造物ではなく、現代に建てられた家屋なのです。

はるか昔、京都の街並みの記憶では、確かに町屋や戦前
の建物が数多く保存されていました。しかし、実際は一部
を除けば、管理維持が悪くてくずれかけた家もあり、若い
私には古くさくて汚くて醜悪な印象しかありませんでした。
(昔を礼賛する人は、郷愁のフィルターで過去の姿が美化
されている可能性があります)。

一方、3年前から京の街歩きを再発見した目には、おそらく
狂乱のバブル時代と思われる建物や、地上げの虫食い地
がかしこにも見られ、街並みの統一感の喪失に心がいたむ
ことも事実です(私も年老いました)。

一方、(少々大げさな言い方になりますが) 幾多の戦禍で
何度も焼け野原となった1000年の歴史を思えばバブルに
よる街の変貌などものの数ではないのかもしれません。

逆に、歴史の中に沈む街ではなく、しぶとく現在を生き延び
る京都の商人のたくましさのあらわれという見方も成り立ち
ます。

とはいえ、あんまりだという有識者(おそらく)の声により、街
並み景観保全という気運が高まったことも事実で、丁度現
在その取り組みの真っ最中というのが今現在だと思うので
す。

そこに、京都の街スケッチのヒントが隠されていると考えま
した(以上余談を終わります)。

さて右手に寺社の土塀とは異なる、薄赤紫色の独自の和風
の塀に囲まれた大きなマンションが現れました

       京都白川13 京都白川15

バブル時代のマンションに比べて最近のマンションは景観と
の調和を考えた設計がなされているように思います。
このマンションもその一つですが、景観を考慮した設計につ
いては別の機会にまとめて紹介したいと思います。

はるか先に平安神宮の鳥居が見えます。最終地に近づい
てきたようです。

       京都白川14 京都白川11

貴志カスケさんの作品も見つけました(題名は「風が吹き、川
は流れる」 、上の右の写真)。当初の目標を達成しました。
(続く)

<本日の絵>
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人物スケッチ(阪急京都線)516
混んでいたので、左側を見てつり革も持つ人々をスケッチしました。

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桜スケッチ下見散策 祇園白川をさかのぼる(3)

光秀の塚を見たのち、白川をさかのぼると三条通に
突き当ります。野外展はここまでかと、三条通を渡り、
川上を確認するとまだ続いています。

川沿いの道がないので、左の路地を北に向かい、最
初の路地を東に向かうと白川にかかる橋に出ました。

左右をみると、明治時代に戻ったかのような景色が
広がります。(もっとも赤い展示作品が目に入ると現
代に引き戻されますが)

京都白川12

実は、左側に立派な土塀があります。広大な純和風の
屋敷が延々と東に続いているのです。

何事かと東に進み、正面に出ると説明板があり、この
屋敷は、明治の帝室技芸員で七宝作家の並河靖之の
旧宅で、現在は七宝記念館になっているとのことです。

京都白川(blog)

工房も併設されているとはいえ、郊外ではなく京都市
中にどうしてこのような広大な邸宅が必要なのか、想
像できません。それほど立派なお屋敷が現れたので
す。

一般に日本画家も含め、明治以降の日本美術の創
作家は広大な和風屋敷を構える傾向にあるのではな
いかと前から漠然と思っていました。この家を見てさら
にその感を強くしました。
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ (阪急京都線)
人物スケッチ(阪急京都線)513
これまでは電車の人物を描き始めるときは頭の輪郭から描きはじめ、
髪の毛の線を数多く引いていました。

ただそれでは、女性の場合(昔ほどではないですが)茶色に毛を染め
ている様子をだせません。そこで、髪の毛の線を多く描かないように
してみました。
気持ちとしては未完成のようで落ち着かないのですが、彩色すれば
また感じは違うかもしれません。

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桜スケッチ下見散策 祇園白川をさかのぼる(2)

さらに白川をさかのぼり、骨董街をぬけて観光客がいない
普通の生活ゾーンにはいると、現れました「白川野外美術
展」の看板が。

白川野外展2

橋の上では、制作者らしい一群の人々が歓談しています。

白川野外展(blog)

橋の上から川上を見渡すと、点々と川の中に展示物が並
んでいるのが見えました。
一つ一つに彫刻(?)の作品名と製作者の名前を記載した
プレートがついています。

しばらく進むと、「京の裏路地スケッチ会」に参加され声を
交わした、水墨作家の小森文夫さんの作品を見つけました。
題名は「韻(Rhyme)」 (下図、右の写真)です。

白川野外展3 白川野外展4

しばらく川沿いを上ると、お店の角に何か標識が立っています。
指示に従って細い路地を進むと、小さなお堂が窮屈そうに収ま
っていました。

光秀首塚 光秀首塚2 光秀首塚3

案内板を読むと、明智光秀の塚とあります。天正10年(1582年)、
秀吉に敗れた後自刃し、家来がその首をもってこの地まで来て
埋めた場所だとありました。

京都を街歩きをしていると、歴史上の人物の足跡が思いがけない
場所で見つかります。それが京の街歩きの醍醐味の一つですが、
これもその例です。

それにしても、あの有名な明智光秀がこのような細い路地の中に
ひっそりと隠れるように眠っているのを見て、最後に勝利した家康
の墓の壮大さを思うと何ともいえない思いがおこってきます。
(続く)

<本日の絵>
マイブック 人物スケッチ(阪急高槻市駅プラットフォーム)
人物スケッチ(阪急ホーム)519
人物全身像の練習として、電車待ちの時に向かいのプラットフォーム
の人物を描くことにしました。
しかし結構電車が早く到着するので、悠長に描いている暇はないこと
がわかりました。対策が必要です。

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